一般財団法人 知と文明のフォーラム

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書いた記事数:3 最後に更新した日:2013/10/20

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伊豆高原日記【144】

 今年は季節の移り変わりが早い。5月も末だというのにもう梅雨入りである。ヤマボウシやウツギ(卯の花)の花々が、濃い緑の葉叢を背景に白く満開なのに、はやばやと淡紅色のサツキが咲きだし、アジサイの花もいまにも開きそうだ。ホトトギスがこれぞわが季節とばかり、かまびすしく鳴く。

 

食の「文明化」とは?

 先日ヴィラ・マーヤで、立教大学教授で人類学者の阿部珠理さんを招いて「ともいき(共生)の思想──ラコタ族の生き方と現代文明」と題するセミナーを行った。保有地の劣悪な環境や貧困のなかで生きるラコタのひとびとが、にもかかわらずそのもっとも深いところでなおも伝統的な生き方や文化を継承し、あるいは積極的に復興しようと努力している姿が、生き生きと浮かびあがるすばらしいレクチャーであった。またそれに刺激された参加者の熱意で、ヴィラ・マーヤが輝いた2日間であった。

 だがこれについては参加者の何人かが、このブログにリポートや感想を書いていただくことになっているので、本題はそれに譲って、それと関連する食や健康あるいは長寿の問題を取りあげよう。

 というのは阿部さんのお話とパワーポイントで映しだされた保有地のスーパーマケットの食料品の棚や、部族のひとびとに多い肥満体を眺めているとき、ふと「ピンク・スライムpink slime」という単語が頭の片隅で閃いたからである。

 それはジャーナリストのマイケル・モスが造語し、牛肉の安全性に関する「ニューヨーク・タイムズ」紙の論説で2009年のピューリッツァー賞を受賞し、一躍有名になったことばである。つまり従来はペット・フードや肥料にしかできなかった牛肉の使い物にならない部分を大量に集め、遠心分離機で脂肪を飛ばし、アンモニア・ガスなど化学薬品で殺菌や加工をし、ピンクの泥状(スライム)にしたもので、牛肉の加工食品の増量剤に使用する。「ピンクのヘドロ」とでも訳すべき代物である。

 大手のハンバーガー・チェーンやスーパーの店頭に並ぶ加工品の多くで、この増量剤が使われてきた。ただこの「ピンク・スライム」論説が全米で大きな反響をよび、消費者諸団体からきびしい批判の声があがったため、マクドナルドや若干の大手スーパーは今後それを増量剤として使用しないことを約束した。

 だが保有地のスーパーに並んでいるような安い加工牛肉には、いまだに使われている。それが健康にきわめて有害であることはいうまでもない。こうした食品やジャンク・フードを多食せざるをえない貧困層ほど、大人だけではなく子供にいたるまで病的な肥満が多くなるのは当然である。

 貧乏人は生活習慣病になって早く死ね!といわんばかりのこの食の合理化あるいは文明化は、いうまでもなく近代文明に固有の経済合理性の徹底的追求から生じたものである。

 

食と遺伝子と長寿

 かつて男性・女性ともに長寿県第1位であった沖縄県が、近年その順位を著しく下げている。70歳代以上は依然として長寿であるのに、40代から60代の年齢層が短命になっていて、そのもっとも大きな原因は食生活のアメリカ化であるとみられている。70歳代以上は伝統食を好んでいるが、若い世代の食が欧米化し、糖尿病、高血圧など生活習慣病が拡がり、癌も増えているというのだ。彼らは伝統料理にもアメリカ風の食材を使う。たとえば有名なゴーヤ・チャンプルーに、地元の豚肉ではなく缶詰のランチョン・ミート(豚のピンク・スライムが使われている可能性がある)を使うといったように。

 近年老人学(ジェロントロジー)が進展し、長寿についての研究も盛んとなったが、新ダーウィン主義全盛時代には、長寿遺伝子説がもっとも有力であった。つまりたしかに長寿の家系があるように、長寿遺伝子が人の寿命を決定するというのである。

 それが全面否定されたわけではないが、その後ダイエットつまり食生活習慣に大きな比重があるという説が有力となり、「粗食長命説」が唱えられたりした。だが、かつて粗食で有名だった禅宗のお坊さんたちにも、ひじょうに長命なひとと短命なひとが混在し、また近年の統計によっても、伝統食としての粗食の地域が必ずしも長命の地域とはいえないことが明らかとなってきた。事実、菜食主義と百歳以上の長命者とは一致しない。

 上記で述べたように、たしかに食は健康や長寿と大きなかかわりがある。残留農薬や食品添加物に汚染されていない食品、つまり経済合理性の桎梏から解放された食品を食べることは、まず基本である。一般の市販食品よりは高価だが、健康と長寿の保険金を支払っていると思えばよい。

 だがそれによって摂取された身体のエネルギーを、どのように消費するかが問題である。とりわけ高齢者は、身体や脳を日常的に十分に使う、つまり酷使するほどでないと諸機能を生き生きと保つことはできない(アンデスやイタリア・カラブリアの長寿村では、百歳以上の老人も自分のための農作業[市場のためではなく]にいそしんでいる)。一日引きこもってテレビを見ているといった生活では、寝たきりや認知症にならないほうが不思議といえる。

 さらに重要なのは精神の持ち方である。ストレスやそれによってもたらされる心理的苦痛は、長寿の最大の敵であるといってよい。ストレスをいかに速やかに解消するか、瞑想やヨーガをはじめ、多くの方法があるし、それを持続することで自分の精神のあり方が変わっていくことが実感できる。

 要するに健康と長寿は、その地域の気候風土に合ったダイエット、身体や脳を動かすという意味での日常的運動、そしてそれらと不可分の精神の安定性の保持、この三つの条件に尽きるといっても過言ではない。

 遺伝子はいわばあとからついてくる、といえよう。なぜなら最新の遺伝子学であるエピジェネティックス(後発生遺伝学)によれば、遺伝子やその配列(ゲノム)は、後天的な環境やその主体の生活の在り方によって、変化を起こすことが明らかとなってきたからである。たとえ長寿の遺伝子がなくても、生き方を変えることによって遺伝子の変化をもたらすことは可能なのだ。

 エピジェネティックスはこの意味で、近代文明を超えるためのひとつの福音である。


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